突然突きつけられた選択
後期流産の可能性があると告げられたとき、私はすぐに決断することができませんでした。
妊娠を続けたい気持ちは、最初からありました。でも同時に、「本当にそれでいいのか」という問いも、頭から離れませんでした。
「妊娠を続けることが、この子のために本当になるのか。」
「これは、親の都合なのではないか。」
医療者だからこそ分かってしまう現実の重さがありました。答えの出ない問いが、何度も頭の中をぐるぐると回り続けました。
医療者だからこそ悩んだこと
大学病院へ転院したあと、改めて状況の説明を受けました。
妊娠継続を希望するなら、緊急手術を試みることはできる。ただし手術にはリスクがあり、仮に成功したとしても極端な早産になる可能性が高い——そう告げられました。
私は医療職です。だから、早産児がどのようなリスクを抱えることがあるのか、知っています。健康面の問題や長い入院、将来的な生きづらさ。そしてそれは赤ちゃん本人だけでなく、家族全員の生活にも影響する可能性があります。
だからこそ、簡単に「妊娠を続けたい」と言えませんでした。現実的に考えれば考えるほど、迷いは大きくなっていきました。
それでも、心の奥にはずっと、消えない思いがありました。
どんな状況でも、生きていてほしい。
たとえそれが、親のエゴだったとしても。
迷っていた私の気持ちを変えた夫の言葉
夫は、私の話を最後まで静かに聞いていました。
不安なこと、現実的な問題、医療者として考えてしまうこと。感じていることを、全部話しました。
夫はひと呼吸おいて、こう言いました。
「僕も医療者だから、不安な点は全部分かる。」
「出産することも、妊娠を続けることも、君の身体に負担がかかる。だから最終的に決めるのは君でいいと思う。」
そう前置きしたあと、ずっと静かに聞いていた夫が、初めて少し涙を見せながら、言葉を選んで続けました。
「でも、もうお腹の中にいる時点で、この子は僕の子どもで、家族だと思う。」
「だから、全部のリスクがあったとしても、親のエゴだと分かっていたとしても……」
「生きる道があるなら、生きていてほしいと思う。」
「僕たちの大切な子どもだから。会いたい。」
その言葉を聞いたとき、夫の冷静さの奥にある、深い愛情を感じました。
私たちが出した答え
そのあと、もう一度2人で話しました。
悩みました。本当に、たくさん悩みました。
でも最後は、「少しでも可能性があるなら、妊娠を続けたい」——そう思い、妊娠継続を選びました。
手術が無事に成功することを願いました。でも結果として、娘はその日の夜に生まれ、亡くなりました。
それでも今振り返ると、あのとき2人で最後まで話し合って決めることができて、本当に良かったと思っています。
今振り返って思うこと
娘は、戸籍上には存在していません。
でも、私たちの中では確かに、家族の一員です。
今でも日常の会話の中で、娘の話をすることがあります。月命日には、妊娠中によく食べていた甘いチョコを食べながら、娘のことを思い出しています。
今はまだ、思い出すとつらくなることもあります。
それでも、いつか——
「きっとこんな子に成長していたんだろうな」
と、少し前向きに思い出せる日が来るのではないかと、思っています。
それができるのは、きっとあの日、夫と2人で最後まで娘の命について話し合ったからだと思います。


コメント